2010年4月6日火曜日

シェイクスピアの生地で ”ハムレット” を観る(2001年7月)

1. ストラットフォード・アポン・エイボン
 2001年6月27日シェイクスピアの生地ストラットフォード・アポン・エイボンの町に入った。町名のStratは街道を意味するこの地方の古語、fordは浅瀬の渡川場、同名の町と区別する為upon-Avon(エイボン川沿いの)と場所を特定している。従って「街道筋にあるエイボン川沿いの浅瀬の渡川場」という意味の町名である。

 シェイクスピアの妻となったアン・ハサウェイの家を見学して町に入り、RSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)の3つの劇場(ロイヤル・シェイクスピア・シァター定員1700名、スワン・シァター定員350名、ジ・アザー・プレイス定員170名)やシェイクスピアが通った学校、生家、資料センターを見学する。

2.  ロイヤル・シェイクスピア・シァター Royal Shakespeare Theatre 
 このあと早速ロイヤル・シェイクスピア・シァターのボックス・オフィスに急行し、”ハムレット”の当日券を需める。「予約は? 65歳以上ですか? ファミリー・ネームは?」と尋ねられ、「予約はしていない。74歳と72歳。」、名前を答える。ローマ字のネーム入りの観劇券・領収書と座席表を渡される。2階(Circle)中央、前から3列目で、大きな劇場ならさしづめロイヤル・ボックス相当である。それがなんと@12ポンド(約2400円) 学生・老人割引のStandbyチケットを適用してくれたらしい。

 一行の皆さんには今夕食を欠席する旨をTD加藤さんに告げて、開場時間まで町を散策する。人々が舟遊びに興ずるエイボン川沿いのツーリスト・インフォメーションで必要情報を貰う。郊外(シャルルコート村)にある今夜のホテル・フェザンの地図とタクシー代の概略(約10ポンドという)を確認する。

 劇場建物の入り口は常時開いている。ロビーで買ったプログラム(2.5ポンド)にはFinn Caldwellが体調不良のためDamian Kearneyが代役するとの活字印刷の訂正カードが入っていた。開演19時の10分前になって漸く客席に入場出来る。それまで進入を制止していた階段昇り口の係員が観劇券を一瞥して道を明ける。

3.  RSC ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー Royal Shakespeare Company
 今夜の”ハムレット”はRSC所属Steven Pimlott演出、Samuel West主演、所要4時間である。なおRSC(Royal Shakespeare Company)とはストラット・フォードとロンドンを本拠地とする世界周知の演劇集団である。ロンドンではバービカン・シァター(大劇場)とザ・ビット(小劇場)で主にシェイクスピアものを上演する。

 またロンドンのグローブ座がシェイクスピア活躍当時の様式(木造茅葺、屋根無し舞台)で、もとの場所(テームズ川右岸、サザーク橋近く)に400年振りに再建された。時折正調シェイクスピア劇が上演されるという。

4. “ハムレツト”第一幕 亡霊は紫
 19時になる。奥行きの深いステージで花道はあるが幕は無い。全部の照明が消えた後、舞台のライトがぱっと点く。ドラマの場所はデンマークのエルシノア城内となっているが、舞台装置は何も無い。奥の入り口から見張りの従臣たちと、劇の語り部でもあるホレイショが登場する。従臣たちは現代の軍装で自動小銃を携えている。前王の亡霊も軍服の外套を纏って登場するが、終始薄暗い紫色のライトに包まれて冥界の人であることが示唆される。

 照明係りは2階客席右先端に操作机を据えて、前後左右、上下昇降、点滅明暗、色調など全て遠隔操作である。

 ハムレット登場。父王の亡霊より「弟クローディアスに毒殺された」と告げられ、復讐を誓って以後狂気を装うこととなる。

 約1時間20分、全照明が消えて拍手が湧き起こる。第一幕(原作では第一・二幕)の終了である。観客が一斉に席を離れる。2階には小さいながらもロビーがあるが、1階席の客は館外に出て一息入れるのであろう。

5. 稽古場のような第二幕
 15分の休憩で予鈴も無く第二幕(原作では第三・四幕)が始まる。舞台に幕が無いので第何幕というのも変だが原作に従って”幕”と言っておこう。

 ハムレツトが舞台正面先端に進み出て、あの有名なせりふ”to be or not to be? that’s a question.”(生きるか死ぬか? それが問題だ。)を声高に朗誦する。近付いてきた恋人オフェリアに「尼寺へ行け」と狂態で迫る。

 ハムレットはTシャツにトレパン、他の演者も似たようなラフスタイルである。椅子2脚と照明スタンド2基、小スクリーン1面を舞台監督の指示で一部の演者がステージ上を移動させる。王侯・宮廷の雰囲気は全く無く、まるで演劇の稽古場のようでである。

 旅役者が王暗殺の劇中劇を演ずるあたりでは、主要人物(クローディアス、ガートルード、ハムレットなど)に照明を近づけて、アクターの一人がビデオカメラでその微妙な表情の変化をクローズアップで撮る。それを舞台中央に据え付けた小スクリーンにモノクロで大写しする演出はなかなかユニークである。
物陰にいたボローニアス(オフェリアの父)をハムレットが誤って射殺する。突然のピストルの発射音、耳を劈くようなジェット機の轟音が館内を揺るがす。オフェリアも遂に悲嘆発狂して彷徨ううち水死してしま う。約1時間15分、全消灯、拍手、休憩となる。

 週日のせいもあってか1階の観客は学生らしい若い男女、2階は年配のカップルが多いようである。ロビーでは氷水とレモンスライスがフリードリンクである。喉を潤し外を見る、10時近いがまだ薄暮である。このまま見続けるか、退出するか、to be or not to be? ちょっと迷ったが惹かれるものがあり、最後まで観ることにした。

6. 殺陣が冴える第三幕
 いよいよ第三幕(原作では第五幕)である。舞台中ほどの切穴(歌舞伎ではすっぽんと俗称)を墓穴に見立てて墓堀人の軽妙な会話が弾む。観客がどっと笑う。

 クローディアス王の教唆もあって、レアティーズは父妹の仇とばかりにハムレットに決闘を挑む。フェンシングで剣闘十数合、両者共毒剣に倒れる。殺陣師マルコルム・ランソンによるスピーディな殺陣が冴える。日本でなら舞踊のような歌舞伎の殺陣ではなくて、新国劇の大立ち回りに匹敵する。

 王がハムレットに飲ませようと仕込んだ毒酒とも知らず、飲んだ王妃ガートルードは絶命する。ハムレットは死力を振り絞って王を刺し、毒酒を強いて復讐を果たす。後継ぎの絶える王家の後事をノルウェーの王子フォーティンブラスに託すと親友ホレイショに告げてハムレットも息絶える。

 これでドラマ”ハムレット”の主要人物は全て非業の死を遂げたことになる。歴史年表でシェイクスピアの没年(イロイロ)1616年、生年(ヒトゴロシ)1564年を組み合わせて「いろいろ人殺し」とは言いえて妙である。

7. 台詞を楽しませるシェイクスピア
 殆んど皆無の舞台装置、現代風の衣装、時には稽古着、銃砲爆音、音楽は第二幕で遠慮がちなピアノ・ソロだけ。一時は現代に翻案しての演出かと思ったが配役・登場順序は原作に忠実なので、変更省略は無かったようである。 2回のアンコールが終わって11時に終演、たっぷり4時間の熱演である。

 同じ頃東京・世田谷パブリック・シァターで上演されたピーター・ブルック演出”ハムレットの悲劇”ではノルウェー王子フォーティンブラスなどかなりの部分を削ぎ落として2時間半の舞台に縮めたという。
いずれにしろシェイクスピアの演劇は詩的比喩揶揄に富んだ台詞で客をふんだんに楽しませる、まさに”聞かせるパフォーマンス”であると思う。

 館前には客待ちタクシーの長い列を予想していたが1台も居ない。慌てて劇場に引き返し係員に電話で呼んでもらう。「ダブルオーセブン(007)が来る」と言う。”007”という名のタクシー会社の車が来た。深夜の田舎道を疾走して約15分、ホテルに到着する。深夜加算とチップをプラスして15ポンド(約3000円)を支払う。

 農村の夜は更けた、TDの加藤さんに到着を告げて就寝。

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